ウーナ |
「ウーナ」
監督:ベネディクト・アンドリューズ
出演:ルーニー・マーラ、ベン・メンデルソーン、リズ・アーメッド
(2016/イギリス・アメリカ・カナダ/94分)
『キャロル』のルーニー・マーラが主演しているのを知って観にいった。新宿シネマカリテが毎年開催している「カリテ・ファンタスティック・シネマコレクション」50作品中の一本だ。とても人気があるようで、わたしが観た回も満席だったし、追加上映も決定したようだ。この映画祭で上映された作品は必ずしも後日一般公開されるわけではないので、観たい作品は観ておかないと後悔することになる。
『キャロル』の時には演出意図としてルーニー・マーラの「眼」が(もちろんケイト・ブランシェットのそれも)強調されて描かれていたが、今回も彼女の「眼」が映画を映画たらしめているように感じた。期待通りだった。
13歳のウーナ(ルーニー・マーラ)は父の友人である年の離れたレイ(ベン・メンデルソーン)と恋仲になる。ふたりの森の中の睦ごとを、森の木々が風に細かく揺れる全景で表現するなど、カメラワークに観るべきところが多かった。ふたりが小さなホテルで初めて関係をもった後、レイはウーナを残して失踪する。これは後に駆け落ちの緊張から酒をあおっていたことがわかるのだが、とにかくこの逢瀬は事件化し、レイは4年の懲役刑をうけ、こんどこそウーナの前から姿を消す。
15年後、成長したウーナがレイの勤め先にをつきとめて、訪問するところから映画は始まる。近代的で清潔な大工場だ。ふたりの対面は従業員のロッカールームで、人員整理の重要会議のシーンを挟んで終業後まで続くのだが、ふたりの関心の方向はずいぶん違っているようなのだ。
ウーナはもちろん自分が愛されていたのかを含めていろいろ確認したいことがあったはずだ。あの夜を境にレイは彼女の前から何も告げずに消えてしまったし、レイの裁判で証言した時も未成年を理由にカメラを通して別室で一方的に参加させられただけだったからだ。レイの関心は、自分は幼児性愛者ではないことを知ってもらいたいというところにあるように見える。いまのウーナにたいしてどのような感情をもっているのかわからない。愛しているとは言うのだが、ウーナに誘われたロッカールームの片隅での情事も成立しない。「今の君とは無理だ」。
レイが妻の待つ我が家に帰った後、ウーナはレイの部下とふたりで今夜行われるレイの家でのパーティーに潜り込む。そこで彼女がみたのは可愛らしい子供部屋とひとりの少女だった。レイ夫妻には子供はいないはずだ。パーティーでレイの妻は「幸せ?」というウーナの問いに答えなかった。面倒をみているだけだとレイは幼児性愛嗜好を否定するのだが、ウーナはもちろん、私たちにもその「嘘?」は見えている。人間とは自分の否定する者であるという映画の文法。
自分が幼児性愛の対象として愛されていたという始めてもたらされた認めがたい認識。いや、一生懸命に否定してきた、それこそがレイを訪ねる隠された動機だったかもしれない認識。この足が宙に浮いたままの生を彼女がどう受け止めて生きていくのかは語られずに映画は終わる。
出入口近くに座っていたが、長い長いエンドロールのあいだ、席を立ったのはたったひとりだった。そんなことは近頃珍しいななどと思いながらスクリーンを観ていた。この映画の元はブロードウェイ公演の戯曲だったという。どのような舞台になっていたかは当然わからないが、かなり緊張感に充ちたものだったのではないかと、映画を観ていても容易に想像できる。静かで説明の少ない、ある種の舞台を思い起こすからだ。
*冒頭のカリコレのポスター左横二段目が「ウーナ」
2017年7月22日 -新宿シネマカリテ-