オマールの壁 |
「オマールの壁」
監督:ハニ・アブ・アサド
ヨルダン川西岸地区との境界の外側にイスラエルが建設し、パレスチナ自治区を分断する高さ8メートルの分離壁を一本のロープでよじ登り恋人のもとへ行き来するパレスチナ人青年オマールの恋物語なのだが、彼らが生きる日常の過酷さが「恋」を描くことによって際立ってくる。もちろん何を対象として選んでも同じ過酷な現実が描かれることになるのだろうという予感とともに私たちはスクリーンに向かうことになるのだが。であれば、ここで記憶のためにあらすじを記しておく必要はないのかもしれない。圧倒的な暴力のもとに出口もなく監視され、分断され、心を操られようとする人々に対する想像力を失わなければ、ここで述べられる「壁」の意味を忘れることはないだろうから。分断や心の操作にはアラブの恋愛観や女性観も利用されるのだから、「恋」が過酷さを際立たせるというのにはやはり意味があるのだ。
サルを角砂糖で捕まえる方法が映画の前半とラストで語られる。穴の中にある角砂糖をつかんだサルはそれを手離すまいとしてこぶしを握り、穴から手を出すことができなくなるのだ。角砂糖とは恋や生活や自分の未来なのだろうか。切実なのは、その言葉が最初発せられたのは、ともにイスラエル兵を襲撃射殺し、恋と裏切りをめぐってオマールとの確執を深めていった幼馴染によって冗談としてであり、ラストでその言葉が発せられたのは、オマールをスパイとして利用しようとしていたイスラエルの秘密警察をオマールが射殺する直前、オマールの口からだったことだ。
印象的なシーンがあった。オマールが分離壁をよじ登る素早さは美しいくらいのものだったが、何を裏切りと言い、どこまでが変節であるのか境界線を定めがたい、心のなかに手をつっこまれてかき混ぜられるような経験を重ねた後の彼が、8メートルの壁をかつてのように楽々と越えられなくなっていたことだ。その時壁の向こうにもう「恋人」はいなかったのだ。
字幕監修は重信メイ。
2016年4月17日-角川シネマ新宿-